HERMÈS【2026年8月】L’appel du large冒険の呼び声 モーターサイクル・ダイアリーズ/革命家”チェ・ゲバラ”の若き日を描いた珠玉のロードムービー、何も怖くなかったあの日に戻りたくなる。

映画鑑賞

革命家チェ・ゲバラの若き日を描いた映画だが、彼を知れば知るほど魅力的な人物だったと思い知る。

あらすじ

1952年、アルゼンチン。

23歳の医学生エルネスト・チェ・ゲバラは友人アルベルトとともにバイクで南米横断の旅に出る。

ブエノスアイレスを出発し、

アンデスを越え、

チリ

ペルー、

コロンビアと経由し

ベネズエラを目指す1万2千キロの行程。

初めは若さに任せた行き当たりばったりの旅だったが、

各地での人々との出会いを通して南米社会の現実を目の当たりにし、

2人は自らの心の内に新たな使命を抱く。

この映画はゲバラの死後に発見された旅行記

「チェ・ゲバラモーターサイクル南米旅行日記」が元になっている。

チェ・ゲバラという人物

チェ・ゲバラとは?

チェ・ゲバラ(1928~1967年)は、アルゼンチン生まれの医師で、後にキューバ革命を指導した革命家です。

本名はエルネスト・ゲバラ。

「チェ(Che)」はアルゼンチン人がよく使う呼びかけの言葉で、キューバで彼についた愛称です。

『モーターサイクル・ダイアリーズ』とのつながり

映画で描かれているのは、ゲバラがまだ23歳くらいの医学生だった頃です。

友人のアルベルト・グラナードとバイクで南米を旅し、

アルゼンチン → チリ → ペルー → コロンビア → ベネズエラ

などを巡ります。

その旅で彼は、

貧しい人々の暮らし 鉱山労働者の過酷な生活 ハンセン病患者への差別 欧米企業による南米での経済的支配

などを目の当たりにします。

この経験が、後の彼の**「貧困や不平等をなくすために社会そのものを変えなければならない」**という思想に大きな影響を与えたと言われています。

その後、何をしたの?

1950年代、ゲバラはキューバの革命家フィデル・カストロと出会います。

そしてカストロとともに、当時のキューバ政府を倒すためのキューバ革命に参加。

1959年に革命が成功すると、ゲバラはキューバ政府の要職につきます。

しかし、彼はキューバに安住せず、

「世界各地で革命を起こし、貧困や抑圧をなくしたい」

と考え、後にキューバを離れて、コンゴやボリビアで革命活動を行いました。

そして1967年、ボリビアで捕らえられ、39歳で処刑されました。

感想 繰り返しになりますが

旅に出る前は

医者になろうとしているアルゼンチンの青年だった。

しかし、旅先でいろんなことを目の当たりにし、彼は変わった。

医者になった後もアルゼンチンを離れて、南米を旅したそうだ。

「貧困をなくすには社会そのものを変えなければならない。」という考えが大きくなった。

1955年、フィデル・カストロと出会った。

カストロは当時キューバを支配していたフルヘンシオ・バティスタ政権を倒そうとしていた。

ゲバラはカストロの話を聞き、革命運動に参加することを決意した。

ここで重要なのは

ゲバラはアルゼンチン人だということ。

ゲバラは問題を南米全体であると考えていたのだ。

1956年、カストロらは船でメキシコからキューバへ向かう。

上陸直後、政府軍の攻撃を受け、多くの仲間を失った。

ゲバラは医師として治療する一方で戦闘にも参加する。

やがて彼は重要な軍事指導者になっていく。

1959年、

約3年間の戦いの末、バティスタ政権が崩壊。

キューバ革命成功。

ゲバラは一躍革命の英雄になった。

革命後、

ゲバラはキューバ政府の重要なポストにつく。

経済政策にも関わり、工業化や社会主義化を進めようとした。

ただ、

貧しい人のために戦った英雄

という面だけでなく

革命のために暴力や処刑を容認した人物

という面もある。

1965年、

ゲバラは高い地位を得ていたにもかかわらず、キューバを去った。

ゲバラはキューバだけが豊かになればいいのではない、

世界各地で革命を起こすべきだ

と思ったのだ。

ゲバラはアフリカのコンゴへ向かうが、うまくいかなかった。

1966年、ボリビアへ。

ここで革命を起こそうとするが、十分な支持を得られなかった。

1967年10月、

ボリビア政府軍に捕らえられ、39歳で処刑された。

チェ・ゲバラはどんな人だったのか

とても好奇心が強い青年だった。

若い頃のゲバラはかなりの読書家で

医学だけでなく、哲学、文学、政治、歴史など幅広く読んでいた。

そしてこれはなぜなのか?と

とことん考えるタイプだった。

世の中は公平ではない

という現実を何度も見た。

今でもカッコいいと思われているらしい。

革命成功後、一度お金持ちになったのに

それを捨ててまた危険な場所へ行った。

そこが大きいのではないかと思う。

自分の信念を貫いた男

だから多くの人々が彼を支持したいと思ったのだ。

感想②

モーターサイクル・ダイアリーズの中のゲバラは

革命家になるとは思えない青年だ。

好きな女の子もいたし、

愛し愛される家族もいた。

旅行後、医師になったし、アルゼンチンで平和な家庭を持って長生きできたはずだ。

だけど彼は革命家を選び、世界を変えたと思う。

革命のため、暴力を肯定しやってきた。

医学に興味関心が向いていれば、そちらですごい人になっていた可能性も高いはずだ。

その頃の日本ではどんどん生活が豊かになってきている。

革命とは無縁だ。

1955年(昭和30年)出来事

私もまだ生まれていません。

  • ■電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビが「三種の神器」と呼ばれる
  • ■日本初の「トランジスタラジオ」を発売
  • ■少年の自殺相次ぐ
  • ■成人向映画、指定始まる
  • ■広辞苑初版発行
  • ■後楽園遊園地がオープン(日本初の本格的ジェットコースター)
  • ■1円硬貨発行、50円硬貨発行
  • ■ラジオ東京テレビ開局(後のTBSテレビ)
  • ■東京国際空港(羽田空港)の先代のターミナルビルが開館
  • ■鈴木自動車工業が自社初の軽自動車「スズライト」を発売
  • ■日本電信電話公社が料金前納式の公衆電話機を発売

現在の南米

現在でも貧富の差がありそうだし、

そんなに幸せな国とは思えない。

治安も悪そうだ。

日本に生まれ育って良かったな。

とシンプルに思った。

シンプルに

若い頃は旅をせよと言うけれど、

先進国への旅行の方がいいのかもなあ

なんて思ってしまった。

お読みいただきありがとうございました。

タイトルとURLをコピーしました